品質マニュアルは、一般的に商品やサービスの品質を維持、向上させるための文書を指します。品質マニュアルを作成する際、ISO9001の認証取得を視野に入れている企業は、要求事項に沿って進めるのが賢明です。
とはいえ、ISO9001に基づいた品質マニュアルをどうやって作成すればよいかわからない方も多いのではないでしょうか。また、規格書を読んでも内容が理解できず、品質マニュアルに何をどこまで記載すればよいか判断できないという声もよく聞かれます。
本記事では、品質マニュアルと作業手順書、作業標準書の違い、ISO9001の要求事項に基づいて記載すべき内容、作成の手順を解説します。また、わかりやすい品質マニュアルを作成するためのポイントや、認証取得に向けた準備、認証取得後のマニュアル運用で気をつけたい点も紹介します。
最後まで読み、品質マニュアルの作成に着手してみましょう。
目次ISO9001の品質マニュアルとは
品質マニュアルとは、商品やサービスの品質を管理するための仕組みである品質マネジメントシステム(QMS:Quality Management System)を、ISO9001の要求事項に基づいて文書化したものです。
品質マニュアルには、大きく2つの役割があります。一つは、従業員に対して品質管理への取り組み方を説明することです。もう一つは、審査員や内部監査担当者に対して、自社の品質管理の内容を証明することです。
ISO9001は、品質管理の仕組みを構築するための国際規格で、企業がQMSを運用する上で遵守しなければならない要求事項が定められています。品質マニュアルでISO9001の要求事項に対する自社での対応を具体的に示すことで、現場での実務に役立つだけでなく、認証の取得や維持にも活用できる文書になります。
ISO9001における品質マニュアルの必要性
ISO9001は定期的に見直しが行われており、現行の2015年版(ISO9001:2015)では、品質マニュアルの作成が必須要求事項から削除されました。これは、品質マニュアルが審査のためだけに作成され、実際の業務に活用されないまま形骸化するケースが多かったことが背景にあります。
ただし、品質マニュアルという言葉がなくなったからといって、同じ役割を持つ文書が不要になったわけではありません。ISO9001:2015の4.4.2項では、品質マネジメントシステムの運用を支援するための文書化した情報を維持することが、引き続き求められています。
つまり、品質マニュアルの名称は削除されたものの、実質的に同等の文書を作成する必要があります。2015年版への改訂により、品質マニュアルの内容は各組織の判断に委ねられ、自社の規模や事業内容に応じて決められるようになりました。
なお、4.4.2項が求める「文書化した情報」は「維持する(文書管理)」と「保持する(記録管理)」の2種類に分かれています。前者はプロセスの運用を支援するための文書(品質マニュアルに相当)、後者はプロセスが計画どおりに実施されたことを証明する記録です。この2つを混同しないよう注意しましょう。
品質マニュアルと作業手順書、作業標準書の違い
品質マニュアルと混同されやすい文書に、作業手順書と作業標準書があります。
品質マニュアルは、組織全体の品質管理の方針やQMSの全体像を示す文書です。一方で、作業手順書は特定の作業の進め方を、作業標準書は作業において守るべき基準を説明するものです。品質マニュアルが仕組みや考え方を広くカバーするのに対し、作業手順書や作業標準書は特定の作業に絞って具体的なやり方を示す点で異なります。
品質マニュアルと作業手順書、作業標準書の主な違いは次のとおりです。
品質マニュアル | 作業手順書 | 作業標準書 | |
|---|---|---|---|
目的 | QMSの全体像を示す | 作業の進め方を説明する | 作業の基準を説明する |
対象 | 組織全体 | 特定の作業 | 特定の作業 |
内容 | 方針、仕組み、考え方 | 作業の手順、方法 | 作業で守るべき基準 |
利用者 | 従業員、審査員、内部監査担当者 | 作業担当者 | 作業担当者 |
品質マニュアルに記載すべき内容
品質マニュアルに記載する内容は各組織の判断に委ねられていますが、ISO9001の要求事項をベースに作成するのが一般的です。ISO9001:2015は全10箇条で構成されており、箇条4〜10が品質マニュアルに関わる要求事項にあたります。
以下はISO9001の各要求事項に対する記載例の一例です。実際の記載内容は自社の業務内容や規模に応じて異なるため、あくまで参考としてご活用ください。
箇条 | 項目名 | 説明 | 記載例 |
|---|---|---|---|
4 | 組織の状況 | 社内外の状況や利害関係者のニーズを明確にする |
|
5 | リーダーシップ | 経営層の品質管理への関与と責任を示す | 「当社は顧客要求を満たす製品を継続的に提供する」などの品質方針を経営者が表明し、各部門の責任者と権限を組織図とあわせて明示する |
6 | 計画 | リスクと機会への対策を計画し、品質目標を設定する | 「不良率を前年比10%削減する」「納期遵守率98%以上を維持する」など数値で設定した品質目標と、過去のクレーム記録をもとに洗い出したリスクへの対応策を記載する |
7 | 支援 | QMS運用に必要な人員、設備、知識、情報などのリソースを整える |
|
8 | 運用 | 製品やサービスの提供プロセスを管理する |
|
9 | パフォーマンス評価 | QMSの有効性を監視、測定、分析する |
|
10 | 改善 | 不適合への対応と継続的改善の仕組みを構築する |
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品質マニュアルの作成手順
ISO9001の要求事項に基づいた品質マニュアルの作成は、以下のステップで進めます。
目的と適用範囲を明確にする
自社の業務と既存文書を整理する
構成・目次を決める
各項目を記載する
レビューを行う
各ステップについて詳しく解説します。
1.目的と適用範囲を明確にする
まずは、品質マニュアルを作る目的と適用範囲を明確にします。
目的の例としては、ISO9001認証を取得するため、社内の品質管理の基準を整えるため、従業員の間で品質管理への共通認識を持つため、などが挙げられます。目的が曖昧なままでは、マニュアルに不要な情報まで盛り込んでしまいがちです。結果として内容が複雑になり、マニュアルが使われなくなる原因になります。
適用範囲は、対象となる事業所や部門、製品、サービスの範囲を具体的に定めます。たとえば、本社のみに適用する、製造部門に適用する、特定の製品ラインのみに適用するといった形で範囲を絞ります。適用範囲を明確にすれば、品質マニュアルに記載すべき内容の範囲も自然と定まります。
2.自社の業務と既存文書を整理する
製品やサービスを提供するまでの一連のプロセスを書き出しましょう。加えて、社内にある手順書や作業標準書、規程類を洗い出し、内容が古いものや現場の実態と乖離しているものがないかを確認します。
既存文書の内容を参照できれば、品質マニュアルをゼロから書く手間が省けます。また、古い文書や実態とかけ離れた内容を事前に洗い出しておくことで、後から「現場と合わない」と指摘を受けて修正する手間も避けられます。
品質マニュアルの作成にあたって、ISO9001の要求事項に対応したテンプレートを活用する方法もあります。認証機関やコンサルティング会社が公開しているものを参照することで、構成や記載項目の参考にできます。
ただし、テンプレートをそのまま流用すると自社の実態と乖離しやすく、審査時に「実際の業務と内容が合っていない」と指摘を受けるリスクがあります。テンプレートはあくまで「構成の参考」として活用し、各項目は必ず自社の業務内容に合わせて書き換えることが重要です。
3.構成・目次を決める
次に品質マニュアルの構成や目次を決めます。章立ての方法に決まりはありませんが、たとえばISO9001の要求事項の順序に沿って構成する方法があります。要求事項との対応関係が明確であり、審査時に内容を確認しやすいことがメリットです。
また、自社の業務の流れに沿った独自の構成にすることも可能です。現場の担当者にとって参照しやすい一方で、要求事項との対応関係を別途整理しておく必要があります。
ISO9001の認証取得を目指す場合は、要求事項の順序に沿った構成がおすすめです。
4.各項目を記載する
各項目を記載する際は、ISO9001の各要求事項が自社のどの業務に該当するかを確認しながら進めましょう。要求事項と自社の業務を対応させることで、審査員や内部監査担当者にとっても内容が把握しやすい文書になります。
また、自社独自の業務フローや現場で実際に行っている運用ルールを盛り込むことも重要です。実務に即した内容であれば、現場で実際に活用される品質マニュアルになります。
5.レビューを行う
各項目の記載が完了したら、現場担当者や管理者など関係者にレビューを依頼します。内容がわかりやすいか、実際の業務とズレがないかという観点で確認してもらうことで、現場の実態が反映された品質マニュアルに仕上がります。
レビューで指摘を受けた箇所を修正したら、責任者の承認を得て、正式な品質マニュアルとして運用を開始します。
わかりやすい品質マニュアルを作成するためのポイント
せっかく作成した品質マニュアルも、内容がわかりにくい、使いづらいなどの理由で活用されなくなることがあります。ここでは、現場で役立つ品質マニュアルを作成するために押さえておきたいポイントを3つ紹介します。
自社の業務に合わせて作成する
品質マニュアルを作成する際、ISO9001の条文をそのまま転記してしまうケースがあります。しかし、規格の条文は抽象的な表現で書かれているため、転記しただけでは自社のプロセスと合わない部分が出てきます。
品質マニュアルには、規格の要求事項を自社での運用方法に置き換えて記載しましょう。たとえば、「リスク及び機会への取組みを計画しなければならない」という要求事項であれば、過去に受けたクレームの記録を分析するなどのリスクを洗い出す方法や、再発防止に向けた対策を立てる手順を具体的に書き記します。
全体像を把握しやすくする
品質マニュアルは、現場の作業者、管理者、審査員など立場の異なる人が読む文書です。そのため、誰が読んでも会社の品質管理の仕組み全体を把握できるものでなければなりません。
まず、目次を見ただけで全体の流れが把握できるような章立てを意識します。各章のタイトルを見て、QMSのどの部分について書かれているのかが一目でわかる構成にすれば、読み手は必要な情報にたどり着きやすくなります。
また、フロー図やプロセスマップを使って、部門や工程のつながりや流れを図で示すことも有効です。文章だけでは伝わりにくい業務間の関係性も、図にすると直感的に理解できるようになります。
さらに、各プロセスの概要は簡潔にまとめ、詳細な内容は別の作業手順書に委ねます。品質マニュアルに情報を盛り込むと文書が膨大になり、全体像をつかみにくくなりますが、概要と詳細を分けると読みやすくまとまります。
読みやすさに配慮する
理解しやすいマニュアルを作成するためには、見た目と文章表現の両方で工夫が必要です。
フォントや文字のサイズ、見出しのデザインなどのフォーマットを統一しましょう。体裁が整っていると、文書構造の理解に余計な労力を使わずに済み、内容に集中しやすくなります。
専門用語を使わず、新入社員や他部署の人でも理解できる平易な表現に言い換えることも大切です。品質管理業務に詳しくない人が読んでも理解できる文書にできれば、社内で広く活用される品質マニュアルになります。
また、一文に複数の情報を詰め込むと文章の構造が複雑になり、内容を理解しにくくなります。一文を短くすることも、読みやすさを高めるポイントです。
なお、ISO9001では文書化した情報という表現が使われていますが、品質マニュアルへの記載は文章だけでなく、図や画像、動画などを活用してもかまいません。さまざまな工夫を取り入れて、より理解しやすい品質マニュアルを作りましょう。
ちなみに、品質マニュアルが形骸化する主な原因として、以下のようなパターンがよく見られます。
内容が細かすぎて誰も参照しなくなった:詳細な手順まで品質マニュアルに盛り込んだ結果、ページ数が膨大になり、現場で開かれなくなるケース。概要は品質マニュアルに、詳細は作業手順書に分けることで解消できます。
現場のやり方が変わってもマニュアルが更新されなかった:業務プロセスや担当者が変わった際に、マニュアルの更新が後回しになりがちです。「業務変更時には必ずマニュアルを確認・更新する」というルールを事前に決めておくことが重要です。
作成担当者だけが内容を把握している:マニュアルの内容を一部の担当者しか理解していない状態では、担当者が異動・退職した際に運用が止まってしまいます。定期的な読み合わせや教育の機会を設けることで、組織全体への浸透を図りましょう。
ISO9001認証取得のポイント
ISO9001の認証取得を予定している場合は、品質マニュアルの作成と並行して準備を進める必要があります。
まずはスケジュールを立て、それに沿って準備を進めましょう。取引先に認証取得の期限を設けられるケースもあります。認証を取得するまでには一般的に半年から1年以上かかるため、取得時期から逆算してスケジュールを立てておかないと、期限に間に合わなくなる場合があります。
また、プロジェクトチームの責任者や担当者を決め、誰が何をするのかを明確にしておきましょう。認証取得をスムーズに進めるためには、プロジェクトチームの担当者以外の従業員による協力体制も欠かせません。
内部監査やマネジメントレビューを実施し、審査を受ける前に問題点を是正しておくことも必要です。あらかじめ自社のQMSの運用状況を確認しておけば、本番の審査も自信を持って迎えられます。
認証取得後の品質マニュアル運用で気をつけること
ISO9001の認証は、取得して終わりではありません。取得後も品質マニュアルを運用しながら、継続的に改善を繰り返していく必要があります。
取得後の審査スケジュールとして、1年目・2年目に「維持審査(サーベイランス審査)」、3年目に「更新審査」があり、以降も3年サイクルで繰り返されます。いずれの審査でも、品質マニュアルが現場で適切に運用されているかが確認されます。日頃から運用記録を整備し、マニュアルを最新の状態に保っておくことが重要です。
認証取得後に取引先からの信用を維持するためには、審査を通過し続けることはもちろん、日常的な品質管理の記録を整備しておくことが重要です。取引先や顧客から品質管理体制の証明を求められた際にも、最新の品質マニュアルと運用記録があれば、自社の取り組みを具体的に示すことができます。
また、審査で不適合が指摘された場合でも、有効な是正措置を取れば認証を失うわけではありません。不適合への対応手順をあらかじめ品質マニュアルに明記しておくことで、万が一の際にも慌てずに対処できます。
ISO9001ではPDCAサイクルを回し続け、QMSを継続的に改善することが求められています。品質マニュアルも、折に触れて見直す仕組みを作っておく必要があります。たとえば、組織体制や業務プロセスが大きく変わったときに更新する、年1回は定期レビューを行うなど、見直しのタイミングをあらかじめ決めておきましょう。
また、内部監査やマネジメントレビューを実施し、品質マニュアルが現場で適正に機能しているかを定期的に確認します。ただし、改善を求めるあまり、品質マニュアルに事項を盛り込みすぎると、内容が複雑になり運用が難しくなります。使いやすさを保つために、必要に応じてスリム化する視点も持っておきましょう。
品質マニュアルを作成し、ISO9001取得に向けて動き出そう
ISO9001に基づいた品質マニュアルの作成は、大変そうに感じるかもしれません。しかし、まずは自社の業務と既存文書を整理してみましょう。現状を洗い出すことで、自社の業務がISO9001の要求事項とどのように対応するかが見えてきて、記載すべき内容も自然と定まっていきます。
認証取得後も定期的な見直しと改善を続けることで、品質マニュアルは形骸化せず、現場で実際に活用される文書として機能し続けます。現場で役立つ品質マニュアルを作成し、ISO9001取得に向けた準備を進めていきましょう。





















